【フォトレポート】買える!コレクター展「Collectors’ Collective Vol.5」

買える!コレクター展「Collectors’ Collective Vol.5」

 

1st floor

石川賢司(1階展示担当)

[自己紹介]
30代後半のアートウォッチャー。副業で会社員をしている。
コレクション歴は2年半、現在61点の作品を所有。

突然ですが、アートの世界って楽しいですか?僕は最近辛いことばかりです。
学生時代から目をつけていた作家が、定番の消費コースに乗ってしまって、地に足のついたキャリア形成をしない方へ向かってしまったり、インテリアアートとしか思えない…という作品がマーケットを賑わせていたり、大好きだったコレクション形成をしていたコレクターさんが、どんどんつまらない方向に進んでいたり、予算がなさすぎて欲しい作品が買えないなんていつものこと。
問い合わせしておいて結局断るなんてもうしたくないんだよコッチ!
でも!マネーが無いんですよ…
じゃあコレクターやめれば?
できるわけない!だって結局楽しくて仕方がないから。

自らの脚と目で見て、蒐集コンセプトや趣味に完全に合致する作品を見つけ、まだ手が出る価格だったときのあの高揚感。
自分の家にそんな作品が飾られたときの嬉しさ。
他人が「あの作品良かった、誰が買ったんだろう」って自分が赤丸をつけた作品に対して言っていたときの、あの得体の知れない下卑た感情。
美術館からコレクションの貸出依頼が来たときの天狗感。
オークションでコレクション作家が高く取引されたときの、どうしようもない邪な感情。(すまない…人間だもの)

自分がアートをなぜ買うか、綺麗事を言うつもりはなく、そこには部屋に飾りたいもあるし、コンセプトに共感したからもあるし、この作家は美術史に刻まれるべき、応援したいとか、理由はわからないが気になって仕方がなく、とか、好きすぎてたまらんから、もある。
なんなら人気爆発しそうだし今のうちに…とか、何年か経ったら高くなりそう、等の理由で買ったこともあります。
ただ後ろ二つの理由は最近は無いです。
まだ2年半くらいのコレクターですが、やはり好きは最も強い、略して最強だと感じています。
よくコレクター向けの現代アート本で、「好きな作品を買えば、たとえ値下がりしようが構わないでしょう」的な文をよく見ます。以前は綺麗事ばかり書きやがって、焚書するぞ、など思っていましたが、今はそれを実感しています。
好きだ!狂おしいほど!というコレクション作品が部屋にあるだけで、築何十年のダサい社宅が自分にとっての楽園になるんですよ。未だにコレクション見てワクワクしますもの。
おいおいおいおいこんな良い作品、誰のコレクション?
俺だ俺だ俺だ俺だ俺でーーい!って。

もし今回のコレコレ展を見てくださっている方で、コレクターになったばかり、もしくはなるかも、という方、特に予算が潤沢に無い方に伝えたいのは、マーケットで人気だからとか、後々高く売れそうだから、有名なコレクターが推してるから、等で買うのは本当にやめておいたほうが良いということです。あと共同保有を謳ってるアレとか。イベント参加権でしかないと思いますよ。あれで保有している気になれて満足できるなら止めませんけど。
アートで儲けようなんて、アソコとかあの人達みたいに、市場を囲える資金力があってこそで、一般人的にはそもそも割りに合わないというか、宝クジで稼ごうとしているようなものだと思います。
儲ける方法は色々とあるでしょうし(是非教えてください)
アートは自分が楽しめる、コンセプトに共感する、人生に必要な作品だ、と思うものをコレクションすることをおすすめします。
もしコレコレ展で紹介した作家さんが、そこに入ったら自分としてはもう最高ですね。

アートコレクターになるということはパンドラボックスを開けるということ。
減っていく預金残高、右から左へ流れていくボーナス、茨の道、山あり谷あり地獄あり、アート依存症の悪循環、物欲の嵐、マウンティング対応、問い合わせ無視、値段を教えてもらえない、靴時計チェックする画廊、お得意様以外完全無視ギャラリー、そしてなにより自分自身の邪な欲望。
パッと思いついただけでもこれくらい辛いこと盛り沢山です。
しかし最後に残るものがあるのも事実。
ワクワクする楽しい、新たな視点が得られるアートの世界に、コレクターという立場になって関われることです。
やっぱりアートって面白いですよ。
こんな面白いものを知ることができて、自分の人生は本当に豊かなものになりました、
是非新たにコレクターが増えてくれれば、とても嬉しいです!
もちろんコレコレ展じゃなくてもいい、自分の脚と目で好きな作家を見つけて、共に現代のアートの世界を楽しみましょう。
そしてその暁には、是非その作家さん達と共に、コレコレ展に参加してください。
アートウォッチャーが本業の石川、絶対に見に行きますので!

2nd floor

ゆとりーマン(2階展示担当)

[自己紹介]
普段は都内に勤務する20代後半のサラリーマン。

コレクション歴は1年半。自身と同世代の作家を中心に、現在約40点の作品を所有。
これまでアートとは無縁の生活を送っていたが、”13歳からのアート思考”を読んだことをきっかけに現代アートに興味を持ち、サラリーマンコレクターの道へ。
現実社会と棲み分けするべく、アート活動時には「ゆとりーマン」を名乗っており主にTwitterにて蒐集した作品の紹介や鑑賞した展示の感想を発信。
残す必要に駆られた作品を蒐集しており、数十年後振り返った際、移りゆく自分史を体現できているようなコレクションを目指している。

 

3rd floor

gutsurohi(3階展示担当)

[自己紹介]
多摩美大卒、作家活動、画廊勤務の経験をもち、買い手、売り手、作り手の視点を持つコレクター。
現在は会社を経営する40歳で、コレクション歴は7年。
同世代である80年代生まれのペインターを中心にコレクション。全てが日本の作家。その中でも、過小評価されていると感じる作家を応援している。現在、約60点の作品を所有。初めて買った作家は今津景。
自宅は、アートコレクションをすることを前提に建築家を選び、設計開始と同時期にコレクションを始める。
空間を最大限に活かすために、大型の平面作品をコレクションすることが多い。
今回のコレコレ展では、同世代の作家を中心に、キャリアを重ねながらも、新たな表現を模索し続けている作家を選定した。

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市⺠コレクターが世界を揺るがす。
ーSNSの普及、アートの⺠主化、そしてコレクターズ・コレクティブ展ー

「ハーブ&ドロシー」という映画にもなった夫婦のことをご存知だろうか。ハーブは郵便局員、妻のドロシーは図書館司書で、年収は260万円ほどというごく一般的な夫婦である。しかし、アート業界に携わる人物に二人のことを聞くと、彼らの存在は伝説のような熱狂をもって語られる。

二人の存在がこれまでに際立つのは、決して資金的に恵まれた環境にないものの、その審美眼と行動力で、歴史に残るコレクションを築き上げたという、ある種のコレクターのアメリカンドリームであるからだ。世界中に分布するアートワールドは、上流階級や富裕層、特権階級がひしめく現代にあっては珍しい社交空間であり、素晴らしいコレクションを築き上げるには相応の資金力やコネクションや、ブランディングが必要となる。殊にそれが顕著なアメリカのアート界にあって、公務員夫妻が1960年代から半世紀をかけてパブロ・ピカソやロイ・リキテンシュタインといった当時を代表する作家からヨーゼフ・ボイス、シンディ・シャーマン、村上隆らの作品を収集し、終活として美術館に全コレクションを寄贈したことは、まさに驚きと多大なる尊敬を集めたのである。

さて、この二人の生涯が紹介された映画が日本で公開となった2012年から2013年周辺について思い返してみたい。「日本にアートマーケットは存在しない」と言われた時期を経て、「やっと最低限のインフラが整ってきた」[1]ものの、リーマンショックでアート界にも急激な落ち込みが見られた2008年から、やや立ち直りが見え始めた時期である。既にTwitterとFacebookが日本語対応して5年が経ち、翌年にInstagramの日本語対応化を控えたこの年付近から、日本国内で草の根的なアートラバーたちの先駆ともいうべき人々が、日々のギャラリー訪問やコレクション作品について、いわゆるSNSという統一プラットフォームにて発言をし始めた時期にも重なっている。もちろん彼らは以前にも存在していたものの、ブログなど個々のウェブサイト内で完結していた日々の記録が、こうしたSNSに集約されてきたと言えるだろう。結果的に、多くの人々が各サイトに散り散りになっていた情報を、日々のタイムラインで収集できるようになり、アカウント上での交流が始まり、自らのライフスタイルに導入し、その輪が拡大していく現象が始まったのである。これは何もアートジャンルに限った話ではない。アイドルやミュージシャンのファンでも美味しいレストランを追い求めるコミュニティにも均一に訪れたウェブ上のコミュニティの在り方の変化である。しかし、アートにおいては、ある特徴からより交流が進みやすかったと言えるかもしれない。

それはアートの展覧会が必ず実際の場で行われていたことである。それも美術館ならまだしも、ギャラリーの場合は1週間で完結するイベントもある。その場に行くことは、必然的に普段フォローしている/されている人たちとエンカウントする可能性が非常に高いということだ。記帳されている名前から(アカウント名を書く人もいる)、アカウント上で交流のある人に限りなく近いところにいたということが分かる性質もある。ちょっとしたオフ会のような現象も起こりえるわけだ。

そうした中で2019年に誕生した「コレクターズ・コレクティブ展」はひとつの必然だったかもしれない。コレクション展示でありながら、その作家の新作も買える、新たな形式の展覧会である。もちろんコレクションを見せる場でもあるため、ざっくばらんに言うと気軽なオフ会兼ノウハウ共有の場でもある。アカウント上で交流のあった3人のコレクターが自らのコレクションを展示して紹介し、在廊し、リアルな場で来場者の質問に答える。普段はオンラインで交流しているため忘れがちだが、普段フラットに接しているアカウントでも背後には会社員から社長など、職業もジェンダーも年齢も様々な生身の人間がいる。つまり、初心者にとっても展示方法や購入方法などのノウハウ共有の場でありながら、日常生活で触れ合わないであろう人たちと部活感覚で繋がれるのである。また展覧会形式であるため、訪れた人のフォロワーが来場し、また輪が広がる。別の展示に行ったときに、知り合いとしてアート談議ができる交流が誕生するのである。

こうした状況は、アートの民主化という大きなうねりとして実際にアートの既存の評価軸を変革しつつある。限られた一部の有力者たち(しばしば同一の出自や背景を持つ)が良し悪しを判断していた状況に、多くの市民コレクターの声が響き始めているのだ。つまり既存の評価軸から零れ落ちていた作家たちに光が当たっているのだ。たとえ専門家でも、日本に何千とあるギャラリー全ては回れないが、アート系のSNSアカウントを見て、興味を持った企画に足を運び、その後その専門家がキュレーションする展示に該当作家が呼ばれる現象は実際に起きている。こうした民主主義による視点の多様化が、確実に種をまき、水を与え、出芽した先に光を照らしてきた。その中でもインフルエンサー化した会社員のコレクターがアート系の雑誌・ウェブメディアに取り上げられ、連載を持つことも見受けられるようになってきた。

同等の現象は日本のみならず、同様にアート市場が発展途上であったアジア諸国でも展開されてきている。つまり美術史の枠組みを自国で持たないがゆえに、お手本として示されてきた(もとい近代化の名の下に着せられてきた)欧米各国の白人男性が維持してきた評価軸に、こうした多様な背景を持つ市民の声が届き始めている。アジア系コレクター層の台頭やMe Too運動、Black Lives Matter運動が美術史の書き手そのものを見直す契機になっているのである。これはすなわち美術史の変革である。近年女性や多様なジェンダー、人種による美術史の書き直し、コレクション方針の見直しがなされ始めているのはそのためだ。

2021年12月、「コレクターズ・コレクティブ展」は第5回目を迎える。今回集った3名も、各々ハーブとドロシーのように足しげくギャラリーへ通い、情報収集しながらそれぞれの立場に根差した視点で作品を見つめてきた。三者三様のコレクションはこのアート民主化時代に何を語り、どのような相互関係を生むのだろうか。

[1] 小山登美夫『現代アートビジネス』角川新書、2008年、p.181

塚田萌菜美


概要

買える!コレクター展 Collectors’ Collective vol.5

会場:biscuit gallery 1階〜3階
参加アーティスト(全14名):青木美紅、網代幸介、岩岡純子、城月、黒坂祐、庄司朝美、田中一太、花沢忍、平野真美、Funny Dress-up Lab、星山耕太郎、松田ハル、三瓶玲奈、渡辺豊 ※50音順
会期:2021年12月2日(木)〜12月19日(日)
時間:13:00〜19:00(土日祝:12:00〜18:00)
※月〜水休
入場:無料
主催:biscuit gallery
協力:Bambinart Gallery、Maki Fine Arts、Yutaka Kikutake Gallery
公式サイト:https://collectors-collective.com/
助成:⽂化庁「ARTS for the future!」補助対象事業